猫を起こさないように
日: <span>1999年6月14日</span>
日: 1999年6月14日

5th GIG “ジ・エンド”

 電気街のとある量販店の周囲を十重二十重に取り囲む無数の人々。その尋常とはちがう光景の中でさらに異彩をはなつ四人の肉厚のボディの青年たち。照りつける陽光。青年たちの身体の肉という肉のすき間から汗が音をたてて流れおち、その足下に子どもならば泳ぐことが可能なほどの水たまりをつくっている。痩せこけてあばらを浮かせた猫が一匹ふらふらと歩いて来、水たまりに舌をつける。直後、激しい痙攣とともに白い泡をふきながらひっくり返る。
 「(両手で肩を抱き、歯をがちがちいわせながら)ダメです、隊長。私は、私はもう…」
 「弱音を吐くな、二等兵! こみパ(Leaveの新作エロゲー『こみゅにてぃパーキンソン氏病』の略称。大学卒業後も定職につかないまま遊びほうけていた主人公が、パ病の患者を身内に持つ美少女と出会い、肉体の不自由なパ病患者の中に高い神性を見いだし彼らを導く新しい社会集団の創造を決意する。苦難、挫折、希望、そして裏切り――様々の魂の遍歴を経て、ついに主人公はこの世界に人間存在をかくあらしめる絶望のシステムの正体を知り、より高い唯一無二の実存として覚醒してゆく。特に物語のクライマックス、ハレルヤをバックミュージックに主人公の恋人の身体を依り代として降臨した大宇宙にあまねく普遍在するすべての生命の大母とするセックスシーンは圧巻。「なんという神々しさ! なんという地獄のようなエロさ! そしてヌケない! これはもはや犯罪だ!」とエロゲー業界すべてとその追従者たちに激震をまきおこすことになる)はもう目の前じゃないか。脱落することは許さん。これは命令だ。我が隊の全員が生きて、こみパを持ち帰るのだ!」
 「た、隊長どのォッ!」
 「(片手をひらひらさせて顔面に風を送りながらふたりのかたわらで白けて)ねえ、もうやめたら? 見てるほうが暑いし」
 「(途端に興を失って座り込み)ああ、やめだやめだ。少しは退屈しのぎになると思ったんだけどな……それにしても先週はたいへんだったな」
 「(急に泣き出し)ぼくだ、ぼくのせいなんだよ、ぼくがすべて悪いんだ」
 「確かにいまCHINPOは集中治療室で生死の境をさまよっている。だが医者もまったく絶望的だとは言わなかったじゃないか。CHINPOの魂がまだあきらめていないなら、CHINPOが本当にチンポを持っているなら、平面美少女がそのバストを破廉恥に揺らすことによって創りだす疑似三次元空間を見せつけられて帰ってこないはずがないじゃないか。そのために、いま俺達はここにいるんだ」
 「(眼鏡を人差し指で上下させ)フン…」
 「(鼻息荒くつかみかかろうとしながら)おい、おまえ鼻で笑わなかったか?」
 「(日本国土を蹂躙・占有する犯罪的なデブっぷりで二人のあいだに割り込みながら)やめとけ! アイツのおかげでこみパを正規の発売日より一日早く販売する量販店の存在を知ることができたんじゃないか。いまは一刻を争うときだ。この一日がCHIINPOにとってどれだけ重いかおまえにもわかるだろう…アイツはアイツなりのやり方でCHINPOのことを心配しているのさ。ただ、少し不器用なだけで」
 「(照れ隠しのように邪険にふりはらって)どうだかね」
 「(シャッターが半分開き、中から店員が出てくる)お待ちのお客様方に連絡申し上げます」
 「おい、出てきたぜ」
 「いよいよだな」
 「俺はいま、はじめてエロゲーをプレイした中学生の小僧ッ子のように胸を高鳴らせているぜ!」
 「フン…」
 「(拡声器で)大変申し訳ございません。ただいま通達がありまして、Leaveの新作『こみゅにてぃパーキンソン氏病』は更なるクオリティアップのため、発売延期となりました。(騒然となる周囲の人々)ご安心下さい! ご安心下さい! お待ちのみなさまにはただいまより予約券をお配りいたしますので…」
 「なんだって!? 延期だって! それじゃ、それじゃCHINPOの命はいったい……」
 茫然と立ちつくす四人のエロゲー購入希望者たち。場所は変わって、都内の病院。集中治療室の中でベッドをふたつ並べた上に寝かされた犯罪的なデブっぷりの青年。青年につながれた計器のひとつに表示された矩形が徐々に勢いを弱め、ついにはまったく水平となる。医者と看護婦が駆け込んでくる。脈を取り、ペンライトで瞳孔に光を当てる医者。首を振り、重々しく口を開く「記録してくれたまえ」。都会のネオンサイン。

to be continued